Hibiya Toki ga Kanaderu

蓮沼執太フィル・日比谷野音公演『日比谷、時が奏でる』。真夏の日曜日。

蓮沼執太フィル / フルフィル
KAKATO、JAZZ DOMMUNISTERS(菊地成孔&大谷能生)、砂原良徳、中村佳穂、原田郁子

『windandwindows|ウインドアンドウインドウズ』 蓮沼執太フルフィル × Ginza Sony Parkを見てから蓮沼執太フィル・日比谷野音公演『日比谷、時が奏でる』へ。

フルフィルメンバーと豪華なゲスト陣が出揃う、一部と1st album「時が奏でる」を全曲演奏という二部構成。
2010年代は本当にこのバンドと駆け抜けたなと思い出しながらただ流れている多幸感を感じていました。
まさに”未来を腕の中で考える”という状況の暗中模索していた中に出会ったのが蓮沼執太のPlay 0という曲で、久々に聴いたYYやwannapunch!がリリースされた2010年当時、何一つデザイナーとして人に見せれるものがなかった。

それからwindandwindowsのPodcastを聴きあさり、盛り上がりを見せていた東東京ムーブメントともリンクしたり、TwitterとiPhone4が徐々に一般層に広まりをみせ、あの何かが始まりそうなあの年のことを思い出していた。
稀代のエレクトロニカシーンの旗手として活動していた1983年生まれのソロアーティストがコンダクトするポップオーケストラ。2011年始のVACANTから、現代美術館やオペラシティー、スパイラルホール、ラフォーレミュージアム、KAAT、アサヒアートスクエア、ヴァンジ彫刻庭園美術館、すみだトリフォニーホール、そしてフジロックなど数々の現場に立ち会ってグループの変化や広がりを体感していった。
音楽だけでなくデザイン、文筆、映像、現代美術、パフォーマンスアートなどさまざまなな文化を拡張してくれた。
あの頃、「大切なものはここにあると教える」と漠然と歌っていた未来が、一人の子供となって一緒にそれをみているのだと言う事実に気づいた時、時の経過と我が子の存在の大きさをものすごく感じた。
2019年の今、腕の中にはあの時歌っていた未来があるのだ。

娘は最近いっしょにライブ見ていると、この曲好きになってきた!いいね!とかを言葉で伝えてくれることがある。
そのことが僕はなんとも言えない嬉しさがある。
そして木下美紗都さん、8年間お疲れ様でした。また新しいステージでつかその声を聞けることを願ってやみません。
夏と秋の終わり、夕方と夜の間、蝉の音と鈴虫の泣く、音楽と街の音の間でとても豊かな時間が過ごせて嬉しく思います。

2019/8/25

FUJI ROCK FESTIVAL 2019 DAY 2

DAY2
目がさめると、相部屋の人たちはもう起きていて、朝食の場所を教えてもらう。
民宿に掛け合って作ってもらった朝ごはんを食べる。柴漬けなんて普段食べないけど、とても美味しかった。
顔を洗い、急いで準備をしてデスキャブのTシャツを買い、物販の前の臨時のセブン銀行カーでお金をおろし、怒髪天とGEZANをチラ見しつながらこの日もヘブンからのスタート。

蓮沼執太フィル!
2011年の年始、結成2回目のライブからずーっと追っかけて見てきてフジロックでずっと見たかったので、2曲目くらいで涙腺が崩壊する。本当にボロボロなく。一番のエモーショナルポイント、Hello everything後半のsaxパートも環ROYのラップも木下さんのボーカルも小林うてなの声もいつもの演奏と声なのだけど、全てが良質なハーモニーとなって空中にこだましていた。

the LOW-ATUSをアバロンで。いつものゆるい下ネタMCを交えつつカバー曲を数曲やったあと、ラストはBRAHMANの今夜。
この2人の声を二日連続で聞けて嬉しい。

ZOOをチラ見しつつ、GREENに移動
銀杏BOYZ。
思えばフジロックで初めて来たライブが02年、朝一のレッドマーキー、GOING STEADYだった。
その時も聞いたBABY BABYを聴きながら、来れなかった友を思う。
CAKEを少し見て、ステーキ丼食べ、持ち運びしていた椅子が壊れてしまったので、苗場スキー場の店まで新しい椅子を買いに行く。
ここから怒涛のライブタイム。
まずはDYGL@レッドマーキー
まだYKIKI BEATが渋谷のHomeという100人くらいのキャパシティの小さな箱で、恥ずかしそうに演奏していたのを思い出していた。ディストーションの美しさと迫力のある音響、力強いアクション、太さを増した声、曲に込めた想いをを丁寧に説明する秋山くんのMC、全てが世界標準で別格に輝いていて本当に感動した。チープな言葉に聞こえるかもしれないけど彼らには未来を託せると思った。もっともっと多くの人に届いて欲しい。
しかし本格的に雨が強くなってきた。
レッドマーキーの真ん中にも水が浸水してきたのは珍しい光景で、ヘリノックスの椅子で寝ていた迷惑な人達もたちまちに起こされる状況。

ASIAN KUNG-FU GENERATION
センスレスや君の街まで懐かしいナンバーからスタンダードやEasterなどのロックナンバーとUCLA、ボーイズ&ガールズなど新しめな柔らかい曲が溶け合いとてもいい時間だった。下村くんがサポートしてるのも初めて見たけど、高校の部活の先輩がグリーンステージに立っているのを見届けられてよかった。
最後のボーイズ&ガールズが鳴り響く中、雨はどんどんと強さを増していった。
レジャーシートをかぶって少し難を逃れていたが、一向に止む気配がないのでヤケクソでホワイトへ向かう。

clammbon
雨の風景と柔らかな音、夕闇に染まる時間、自然が作り出す暖かい空気、真っ青な揃いの衣装がリンクして美しい。割と最近の曲を主に演奏していたけれど、最後に用意していたのはnujabesのカバー、Reflection Eternal、もちろんtoeとのコラボレーション。降りしきる雨と重なって感情はもみくちゃになっていった。この後に続くEMOタイムへ最高のバトンを渡した。

さてこの一時間のセッティングタイムが実に長い。
フジロックの厳しさは、屋根があって座って休憩できるスペースがほぼない所にある。

公式が用意してるのはオレンジカフェ、という最奥のエリアだけだ。
余裕があればSIAでも見に行こうかと思っていたけれど、もはや雨と歩いていた疲労感で全ての余裕がなくなっていた。

もし子供と来ていたら、とっくに諦めて宿に帰ろうというテンションだろう。

とにかく最後のデスキャブが終わるまであと4時間はなんとか耐えなければいけない。
この時間のストレスを少しでもやわらげるにはどうすれば良いかを考えていた。
暖かさを求めて買ったスパイス系のスープを、ところ天国でやっていた落語を聞きながら食べる。
小さな小屋には簡易的な簾のような屋根があるけど、そこの間をぬって雨が降り注いでくるし、スープにも雨が入ってくる。

濡れた手でiPhoneを操作するストレスを考えると、この噺家さんの話を聞く以外の時間の過ごし方の選択肢はなかった。この落語がなければ、この時間を乗り越えられなかったと思うので、本当に感謝を伝えたい。

AMERICAN FOOTBALL
降ったり止んだりを繰り返しながら残酷に振り続ける雨とマイク・キンセラの優しい声。
アメフトの柔らかい音が山奥にこだまする。本当にこの感覚、この時間は特別なんだと言うことを自覚する。
色んな思いが重なりながら大名曲NEVER MEANTの大合唱、雨の向こうにでタンバリンを叩く、malegoatのはじめ、容赦無く降り注ぐ雨とのコントラスト、忘れられない光景となった。

またセッティングの間は、椅子に座りレジャーシートを頭からかぶって天気アプリのアメダスを見ながらいつ止むのかだけを考えていた。

そして15分前押してついに大トリ、DEATH CAB FOR CUTIE
サマーソニックで初めてみた時から実に14年が経っている。
その後も4度ほどサマソニや単独公演をみて念願の苗場、その結末がこれである。
正直この時間の感情についてうまく書ける気がしない。
すでにレインコートの中まで衣服は濡れ、尚一層雨は強くなっている。
冷静さを持って観れる人間など一人もいないだろう。
最新のナンバーから昔の曲までとても良いセットリスト。デスキャブは常に正しく良い曲を届けてくれる。
あぁベン・ギバートの声だ。人は聴き慣れている声をを聞くことでこんなにも安心するんだなと言うことを思い出した。
久々に聞いたWhat Sarah saidの3拍子のピアノのイントロが聞こえてくると、はっとするほど不思議な感覚に包まれた。
自分がNYに行った時何度もこの曲を聴いていたことがフラッッシュバックした。
音楽が素晴らしいのは思い出にリンクすることだ。この不思議な感覚が、心地よく不快感を和らげてくれた。
そしてラストのTransatlanticismのリフレインの残響を残して、予定より30分早く23時で音が止まった。

司会の田原さんが今日は安全を考えて、この後のライブは全て中止になったことを伝える。
ホワイトの前の川の水は増水し、とんでもない勢いで流れていた。
グリーンステージのエリアの前にはでかい池ができていて、迂回しないと渡れない。
バスを30分ほど待ち、新潟駅で一時間ほどタクシーを待ち、健康ランドに入るまで一時間ほど待ち、ようやく風呂に浸かることができ、雑魚寝スペースで寝れたのが4時前だった。

そうしてこの長い1日が終わった。
全ての感情は雨と共に流されていった。
人生は本当に何が起こるかわからない。
2019年の一番の夜。
この先何十年経っても、あのWhat Sarah saidのピアノのイントロを忘れることはないだろう。

そうして5年ぶりのフジロックが終わった。
正直曲に集中できないほどの悪条件。
それでも精神が肉体を超えて音楽に溶け込む時間は人間としての本性を問われている気がして、会社員として、デザイナーとして、父親としての仮面を全て剥がしてくれた。
何かに依存するのが大嫌いな僕は、このために生きている、みたいなことは死んでも言いたくない。
ただ退屈な東京での身についた癖や感覚を剥がしてくれるのは、国内では今のところあの場所しかない。
だから、それでも僕はまた苗場に向かうだろう。

これこそが本当のエモだよ。

20190727
怒髪天
GEZAN
蓮沼執太フィル
the LOW-ATUS
ZOO
銀杏BOYZ
CAKE
DYGL
ASIAN KUNG-FU GENERATION
clammbon
AMERICAN FOOTBALL
DEATH CAB FOR CUTIE